2023年1月21日

電車に乗って神戸市の塩屋に散歩に行った。人間よりも猿の数が多いような山奥の集落で育ち、近所の各家にどんな人が住んでいてどんな生活状況なのか、なんとなくお互いが把握しているような環境で高校までは過ごしていた。たまに街に来ることがあると、目に映る家々の窓の中にそれぞれの生活があるということが信じられないような、途方もない気持ちになっていたが、今でも乗り慣れない電車の車窓から景色を眺めたり、初めて訪れる場所を歩いているとそういうことが起こる。

 

塩屋を訪れたのは初めてで、ルートや目的地をほぼ決めずに散策したが良い散歩だった。海のそばの洋菓子店『シーホース』でケーキを買い、駅前の商店街を歩いていると漂ってきた匂いにつられて入った『ワンダカレー店』で揚げ野菜カレーを食べ、『シオヤチョコレート』でチョコレートを買いイラストマップを手に入れる。坂をかなり登った住宅地にある古着屋『tana clothing STORE』で私はパタゴニアのスウェット、夫はマグカップを買って、マップに乗っていた『塩谷のパルテノン神殿』を見に行ったりした。急勾配や、それに適応するように独自の進化を遂げた生き物のような家々が続き、歩いていて楽しい。

 

駅に向けて坂道を降っていると蔦に覆われた廃墟のような建築物が突然現れる。よく見ると、建物に続く橋の入り口には「営業中」「いらっしゃいませ」と書かれた真新しい赤いのぼりが立てられており、異質さが際立っていた。橋を渡ると『ライオン 酒』と書かれた手作りらしい看板があり、扉は閉まっているが人の気配がする部屋が建物内にあった。へえ、と思いもときた道に帰ろうとするが、夫が「行ってみよう」というので内心怯えながら入店すると、カウンターでおじいさんが一人でおでんを食べていた。おじいさんが店主のようで、コイン式の麻雀ゲーム機付き(今はもう動かないという)のテーブルに通される。おじいさんによると、『ライオン』は40年以上前から営業していて、かつては同じ建物に27のテナントがあったが今はこの店だけとのこと。300円のミルクコーヒーを飲みながら、3人でカウンター上のテレビで放送される大相撲初場所をぼんやり見ていて「実家?」と思う。50円でカラオケ1曲を歌えるそうで、夫に歌って貰えばよかった。

 

その町の上澄みみたいなものだけを味わっていることはうっすら自覚しながら、「いつかここに住もう」と軽い気持ちで思う、そういうことが大袈裟にいえば私の希望のひとつになっている気がする。